生きることは忘れること

「「妄想アカデミズム」から覗く量子化学の世界」(K. 汝水)感想

「「妄想アカデミズム」から覗く量子化学の世界」(K. 汝水)は、『暴走アカデミズム』(東京大学きらら同好会、2023年)に掲載されている(いちおうまだ所属しているサークルの同人誌の感想を書くな?アッハイ……)。

【記事】「妄想アカデミズム」から覗く量子化学の世界(K. 汝水)
「妄想アカデミズム」第7話は、ベンゼンの共鳴構造に関するストーリーでした。本記事では、ベンゼンの共鳴構造を計算で求める手法の初歩を解説します。 pic.twitter.com/4tSEkh6EWC

— 東大きらら同好会 (@UTKiraraCircle) November 23, 2023

本稿は5ページの短い記事であるが、量子化学についてのバランスの取れた入門記事となっている(ように私には思われる;別に専門ではないが……)。量子化学は、化学を物理(の一分野である量子力学)から基礎付ける分野であると同時に、化学者にとっては近似計算によって実際の現象を説明する一つの道具でもある。たいてい物理の人は化学の人が展開する精緻さを欠いた(ときに誤りを含む)議論に嫌気が差し(東卿大学教養学部の1Aセメスターで開講されている「構造化学」の授業でよく見られる光景らしい!1)、化学の人は延々続く水素原子のシュレディンガー方程式の手計算などけっきょく研究室に入ってからは使わない2、みたいな悲劇が起きる。この記事は2章でシュレディンガー方程式を紹介した後、それを厳密に解く方向には進まずに、3章では量子化学計算ソフトウェアによるベンゼンの軌道の近似計算が画像付きでデモンストレーションされる。その上でそれが(適当な近似手法のもとで)手計算でも導出できることが述べられる(具体的な計算は追わないが)。コンピュータシミュレーションを通して理論と実際の整合を見て、その見事さに感動する、というのは入門記事として至って優れた態度ではないかと私は思う。そしてまた非常に現代的でもある。5ページという分量でいかに魅力的な内容を軸に据えるか熟考された結果であるとお見受けする。


  1. 1. ソースは私。
  2. 2. 要出典