生きることは忘れること

公証人法と行政不服審査法・行政事件訴訟法の関係について

はじめに

これはいわゆるあしやまメソッド訴訟に際してのエントリです。

春あたりから話題の公証人法第26条ですが。まずこの条文があるからといって認証された私署証書の内容がつねに裁判所で適法と判断されることを保証するものではない、というのはそれはそうです。

— 竹麻呂 (@Takemaro_001) July 14, 2024

私として言及しておきたいポイントとしては上の投稿から始まるスレッドでいったん尽きていたのであとは眺めていたのですが、最近になって届いた被告第1準備書面の論点が面白かったので、(原告側の書面としても使えるように意識しつつ)ちょっと書いてみます。

そもそも被告国は答弁書で、公証人法に基づく私署証書の認証(を拒否すること)は行政事件訴訟法第3条第2項の「処分」にあたらず、公証人法第78条第2項に基づく法務大臣への異議申出に対する決定も同条第3項の「裁決」にあたらないことから、原告の訴えが不適法であると主張していました。あしやまひろこ氏のブログによると、この点につき第2回口頭弁論で裁判長から被告国に対して「法務大臣の決定の処分性についての意見について文献等を含めた論拠」についての求釈明があったということです(判決を書くために必要な内容を求釈明しそうな気がするので、処分性なしの訴え却下すなわち門前払いという結論に持っていこうとしているという推測も成り立ちはしますが、推測でしかありません)。被告第1準備書面はこの求釈明に対するものですが、行政事件訴訟法のほかに行政不服審査法の適用に関する議論を追加してきているのが個人的に注目した点でした。

いわゆる行政処分に対する救済は一般的に、行政不服審査法に基づく行政手続として行われる審査請求と、行政事件訴訟法に基づく裁判手続の2段構えになっています。この2つの法律の対象はいわゆる講学上の行政行為と言われているもので、条文上「処分」の定義は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」という文言で一致しており、実務上も両者に違いはないと理解されているはずです。一方、公証人法に基づく「公証人ノ事務取扱」に対しては、公証人法第78条に基づく法務局長・地方法務局長および法務大臣への異議申出によって取り扱われており、行政実務として行政不服審査法の規定が適用されていないことが問題となります。私の見解は、これは公証人法第78条の存在が行政不服審査法第1条第2項の「他の法律に特別の定めがある場合」に該当するため行政不服審査法の適用が除外されているにすぎないもので、公証人の行為(今回の場合は認証の拒否)が行政処分に該当しないということではなく、したがって行政事件訴訟法も当然に適用される、というものです。また、この点に関しては行政不服審査法(正確にはその旧法)制定時の経緯を掘り返すと少し面白いところがあり、その点についても以下で触れていきたいと思います。

ちなみにこの話は2024年12月28日の投稿で少し調べていたのですが、いま振り返れば忸怩たる思いもするところながら、その時点では「異議申立て」と「異議申出」の使い分けの趣旨などを理解するところまで至っておらず(リプライでコメントもいただきましたが)、本稿であらためて文章としてまとめるに至った次第です。

ところで実際のところ、被告第1準備書面は公証人法の手続に対して行政不服審査法が適用されていないことをもって行政事件訴訟法も適用されていないと主張しているわけではなく、公証人法第78条第1項に規定する法務局長・地方法務局長への異議申出に対する決定を「処分」と捉えることができない旨を主張しているにすぎません。そもそも私には被告第1準備書面の冒頭に記載されている求釈明事項の趣旨がいまいち理解できず(公証人法第78条の第1項で法務局長・地方法務局長への異議申出、第2項で法務大臣への異議申出という2つの段階が設けられているのは、行政不服審査法でいう再審査請求に相当する制度と考えるのが合理的で、いくら条文の文言上「処分」とあるからと言っても法務局長・地方法務局長への異議申出に対する決定を杓子定規に「処分」と捉えようとするのは出発点が間違っているように見える)、裁判所による求釈明そのものがマズかったのか訟務検事の理解がマズかったのかどちらなのかは分かりませんが、被告第1準備書面それ自体の主張構造がピンボケしている印象が拭えません。ただいずれにせよ、この被告第1準備書面では公証人の行為に対して行政不服審査法の適用がないことについての法的整理が欠落している点は看過できず、そのあたりが本稿を記すに至った背景です。


第1 公証人法第78条と行審法の関係について

被告第1準備書面は、「公証人の事務取扱いに対する異議申出に係る法78条の規定〔中略〕は、行政不服審査法の諸規定と抵触しない法独自の規定であると解される」と主張するので、以下、公証人法第78条と行政不服審査法(以下「行審法」という。)の関係について検討する。

1. 公証人法第78条が行審法に規定する「特別の定め」であるため公証人の行為が行審法の適用から除外されていること

被告第1準備書面も指摘するように、公証人による認証の拒否その他の行為に対する不服については、公証人法第78条第1項に規定する法務局長又は地方法務局長への異議申出によって処理されており、行政実務として行審法の適用はされない運用が定着している。ここで、行審法は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)と同様にすべからく「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」を対象としている(第1条第2項)から、公証人の行為に対する不服に行審法が適用されないことをどのように解するかが問題となる。

まず、公証人の行為が行審法第1条第2項にいう「処分」に該当しないという解釈があり得る。しかしながら、原告準備書面(1)で主張しているように、公証人の行為は行訴法第3条第2項にいう「処分」にあたるのであって、すなわち行審法第1条第2項にいう「処分」にも該当しないから、この解釈を採用することは妥当ではない。

より妥当な解釈としては、公証人の行為が行審法第1条第2項にいう「処分」に該当するとしても、行審法第1条第2項は処分に関する不服申立てについて「他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる」と規定しているところ、公証人法第78条の規定はまさにこの「特別の定め」にあたる、というものが考えられる。この解釈を取る場合、公証人法第78条による「特別の定め」が存在するため、公証人の行為に対する不服については行審法の規定の適用が除外されているということになる。

2. 旧行審法制定時の経緯に基づく解釈

ところで、公証人法第78条と行審法の規定に関する過去の経緯を見ると、昭和37年法律第139号(平成26年法律第68号による全部改正前の行政不服審査法。以下「旧行審法」という。)とともに制定された「行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律」(昭和37年法律第161号。以下「整理法」という。)第25条において、公証人法に対して「第78条中「申立ツル」を「申出ル」に改める。」という改正がなされている。ここで、旧行審法は、前身の訴願法(明治23年法律第105号)に代わる法律として制定されたもので、対象事項の範囲に関して一般概括主義を採用したこと、制度の名称を「審査請求」、「異議申立て」及び「再審査請求」の3種類に統一したこと等が特徴として挙げられる(第41回国会衆議院内閣委員会議録第1号等を参照)。そして整理法は、旧行審法が一般概括主義を取り入れたことから関係法律において重複することとなる不服申立てに関する規定を削除すること、旧行審法において制度の名称を統一したことに伴い関係法律中の規定においても手続の名称を整理すること等を内容としている(同会議録等を参照)。そうすると、整理法による前記の公証人法第78条改正において、異議申立てに関する規定を削除することなく、むしろ「異議ヲ申立ツル」という旧行審法による制度の名称と重複することとなる用語をあえて「異議ヲ申出ル」に改めた上で存続させる形を取っていることは、同条が旧行審法の不服申立てとは異なる手続であることを積極的に明確にしたものであると言える(なお、旧行審法において、適用対象について「他の法律に特別の定めがある場合を除くほか」との規定があったことは現行の行審法と同様である。)。言い換えれば、公証人法第78条の規定は、不服申立てに関し一般概括主義を採用した旧行審法の制定当時において、同法と調整を図る必要のあるものと認識されていたことが窺えるのである。このことは、公証人法第78条を単に消極的に「行政不服審査法の諸規定と抵触しない〔公証人〕法独自の規定である」と捉える被告第1準備書面の解釈と整合せず、同規定が「公証人に対する監督権の発動を求めるもの」にすぎず不服申立てとしての性質を一切有さないかのように述べる主張もまた妥当でないと言わざるを得ない。

なお、被告第1準備書面の引用する昭和37年9月28日民事第甲2788号民事局長通達「行政不服審査法等の施行に伴う登記・供託・戸籍事務等の取扱いについて」において公証人法に関し「内容においては、従前と変更はなく、「審査法」は適用されない。」との記述があることについては、旧行審法及び整理法の制定に際して公証人法第78条に基づく手続に変更がなく、旧行審法の適用もないことは上述の通りであるから、以上の解釈と何ら矛盾するところではない。一方同通達は、整理法によって公証人法の条文が改正されたことについて単に「字句の訂正はあるも」としか記述していないが、同通達が旧行審法及び整理法の包括的・網羅的な解釈を示すことを目的としたものではなく、法務省民事局の所管に係る行政事務の取扱いに関しての通達にすぎないことを考慮すれば、整理法の内容の詳細にまでは踏み込む必要がなかっただけと見ることができ、前記のような旧行審法及び整理法における制度の名称その他の事情の存在を否定するものとはならない。

3. 小括(公証人の行為の処分性が否定されないこと等)

以上の通り、公証人法第78条は行審法第1条第2項が規定する「特別の定め」にあたることから行審法の適用が除外されていると解釈することが可能であり、この解釈は旧行審法制定時の経緯に照らしても整合的である。したがって、行審法の規定が適用されていないことをもって公証人の行為の処分性が否定されるとは言えないし、公証人法第78条の規定による異議申出については、単に「公証人に対する監督権の発動を求めるもの」にとどまらず、処分に対する不服申立てとしての性質も考慮した上で解釈する必要がある。

第2 公証人法第78条と行訴法の関係について

次に、被告第1準備書面は、裁判所の求釈明に応じ、公証人法第78条第2項にいう「処分」と行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)第3条第2項にいう「処分」の関係等について論じているので、以下これについて検討する。

公証人法第78条第2項は「前項ノ異議ニ付為シタル処分ニ対シ……」と規定しており、ここでいう「処分」とは同条第1項の法務局長又は地方法務局長への異議申出に対する応答としての決定を指している。ここで、前記の通り公証人法の異議申出は処分に対する不服申立てとしての性質を有していると解することができるから、同異議申出は行訴法第3条第3項に規定する「審査請求その他の不服申立て」に該当する(なお、行訴法第3条第3項は行審法を引用せず一般的・包括的に「審査請求その他の不服申立て」と規定しているので、処分に対する不服申立ての性質を有するのであれば、行審法以外による手続も含まれるものと解される。)。そうすると、異議申出に対する決定たる公証人法第78条第2項の「処分」は、行訴法第3条第3項において「審査請求その他の不服申立て〔中略〕に対する行政庁の裁決、決定その他の行為」と定義される「裁決」に該当することになる(なおこれにより、行訴法第3条第2項において「処分」は「次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く」ものとされていることから、行訴法第3条第2項にいう「処分」には該当しないことになる。)。

また、公証人法第78条第2項の規定による法務大臣への異議申出については、行審法の再審査請求に類似する手続と見ることができるから、それに対する決定は行訴法第3条第3項にいう「裁決」に該当する。

第3 結論

以上の通り、公証人による認証の拒否は行訴法第3条第2項にいう「処分」にあたり、法務大臣への異議申出に対する決定は同条第3項にいう「裁決」にあたるから、本事件の請求第1項から第4項まではいずれも行訴法第3条第1項の抗告訴訟として適法なものである。


あとがき

ところで、処分性の問題はいわゆる講学上の行政行為の問題とも言えるわけですが、これが論点となる主要な法律としては、行政不服審査法と行政事件訴訟法のほか、国家賠償法と行政手続法があります。このうち国家賠償法に関して、最判平成9年9月4日民集第51巻8号3718頁において、(直接の争点とはなっていないものの)公証人が「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員」にあたるということを前提とした判断がされています。今回も請求第5項は国家賠償法上の訴えと解されますが、国の答弁書ではそちらに対しては本案前の答弁をしておらず、この点については争点化していません。

なので、今回の本丸である行政事件訴訟法の方ではここが未決着ということ自体が正直に言って最初はピンとこなかったのですが、実はこっちは意外と裁判例がないんですね。時間を取って調べることは全然できていないのですが、簡単に探した限りでは見つけられませんでした。実のところ、行政事件訴訟法上「処分」ないし「裁決」にあたる行為に対しては取消訴訟等の提起に関する事項の教示(第46条)が求められますが、公証人法の実際の運用としてはそれは行われていないようなので、法務省は行政実務上の解釈として公証人の行為が行政事件訴訟法における「処分」にあたらないという立場を取っていると推測できます。もしかしたら国の主張の背景事情にはこのあたりのこともあるのかもしれません。

にしても、今回は(経緯としてはたまたまのようですが)行政訴訟にあたる請求と国賠にあたる請求が併合されているので、もし仮に国の主張が通って行政事件訴訟法上の処分性が否定されるならば、行政事件訴訟法上はいわゆる講学上の行政行為にあたらないが国家賠償法上はいわゆる講学上の行政行為にあたるという不思議な判決ができあがることになります。非常に面白いですね。

それから残る行政手続法に関して、ここに実は少し隠れた(そしてグレーな)問題があるのですが、どうも頭をひねってみてもあまり実のある結論を出せず、考えても仕方のない論点かもしれません。一応小さい字で書いておくことにします。行政手続法では「申請に対する処分」という類型が定められており、その「申請」は「法令に基づき、行政庁の許可、認可、免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分……を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているもの」と定義されています。そして、既に原告準備書面(1)でも論じられていますが、公証人に対する嘱託はここでいう「申請」にあたると捉えるのが自然です。ところが、行政手続法上「申請」に関して「行政庁は、審査基準を定めるものとする」という規定があり(第5条)、これはペナルティはないものの義務規定となっています。実際には公証人(あるいはその上級行政庁にあたる法務省)が審査基準を定めているという話は聞きませんので、愚直に考えるならば、行政実務としては行政手続法上の「申請」にはあたらないという解釈が取られていると見ざるを得ません(もっとも、行政機関のさまざまな申請手続を見渡せば、実際には審査基準が設定されていないものも少数ながら存在するので、これが十分な論拠にはならないという立場も可能ではあります)。また、行政手続法第8条は、申請を拒否する処分の際にその理由を提示することを求めていますが、これは公証人法施行規則第12条「公証人は、嘱託を拒んだ場合に嘱託人の請求があるときは、その理由書を交付しなければならない。」と同趣旨ながら、後者は「嘱託人の請求があるときは」という条件付きの規定となっており、両者が整合していません。つまり、単なる行政実務上だけでなく法令の規定上においても、公証人に対する嘱託が行政手続法にいう「申請」にあたるという解釈を否定する要素があるということになります。逃げ道としては、行政手続法は平成5年と比較的新しい法律なので、その制定前から存在する公証人法施行規則の規定は、行政手続法の規定と(完全に整合はしないものの)矛盾しない範囲にあるものとして存置されている、といったやや苦しい説明になってしまうでしょうか。あるいは、「申請に対する処分」はあくまで「処分」の一類型なので、公証人の行為は「処分」ではあるが「申請に対する処分」ではない、という立場も論理的には可能です。ただし定義からして、「何らかの利益を付与する処分」を否定することになるので、その帰結として嘱託拒否による不利益も否定されて、行政訴訟における原告適格が失われてしまう結果につながる可能性がある、という諸刃の剣です。行政事件訴訟法第9条第1項の「法律上の利益」は行政手続法上の「申請」の定義にいう「利益」よりも広い概念である、といった議論を展開できればよいのですが、前者がそれなりに広い場合に認定されることは確かとしても、後者がそこまで狭いものかと言われるとちょっと根拠が薄弱な気がします。いずれにしても行政手続法はその性質上、直接的に裁判で争われるケースがそもそもあまり多くないので、どうもどっちつかずの部分に結論を出しづらいような印象もします(長々書いてそんなオチかよ!)。

最後に別の話をもうひとつ、論旨から外れるので本文には書かなかったのですが、被告第1準備書面にある

法78条2項の「処分」という文言も、行政不服審査法の制定前から使用されていたものであることに照らし、この文言が同法により不服申立ての対象として規定される「処分」と同一の意義を有するものとして規定されたとする前提を欠く

という部分はちょっとどうかと思いました。この話をし始めるとたぶん、行政事件訴訟法の前身となる行政事件訴訟特例法の間接的な前身となる戦前の行政裁判法(明治23年法律第48号)で「處分」という語が出てくるので、そこまで遡らないといけなくなると思います。これを本当に真面目に書くとすると、いわゆる講学上の行政行為の概念がどのように確立されて(なんなら輸入されて)きて裁判実務上どのように取り扱われてきたかというのを調べないといけなくなる気がしますが。

以上です。