生きることは忘れること

五月祭の当初日程での開催「見送り」に関する東京大学当局の文書について

2021年5月15日・16日に開催予定だった第94回五月祭について、この日程での開催が断念されることになった。5月7日、緊急事態宣言の延長および東京大学の活動制限指針「レベル準1」の継続が決定された同日、五月祭常任委員会(五月祭を主催している学生団体)から「大学側より開催を取りやめるよう通達があったため」として発表があったものである1。翌5月8日には同委員会から詳細な経緯について文書が発出された2。引き続いて5月10日には、東京大学公式ウェブサイトの五月祭に関するページ3が更新され、「五月祭(5月15日、16日)開催見送りについて」なる文書が掲載された。以下では、この文書を中心に、今回の事態について分析を行う。

前提:第94回五月祭の開催形態

前提として、第94回五月祭は「オンライン開催」される予定となっていた。注意すべきは、ここでの「オンライン開催」の意味は、通常時(2019年の第92回以前)に会場としていた東京大学本郷地区キャンパスへ来場者を入場させることなく行う、ということであって、大学のキャンパスを全く使わない、ということではないということだ。五月祭に出展する企画はキャンパス内の教室等を利用することができ、そこから動画配信等を行うことを予定しているものも多くあったと想定される。通常の五月祭と同様、五月祭常任委員会が一括してキャンパス内の教室等を管理する大学および各学部等の許可を得、各企画に貸し出されるものである。私の理解では、大学当局の権限は必ずしも学生および学生サークルの活動全般に及ぶものではないが、キャンパスを利用する活動について一定の権限を有することは否定できず、今回の措置もその一環と理解することができる。

前提:東京大学の「活動制限レベル」

東京大学では、新型コロナウイルス感染症に際し、BCPにあたる「活動制限レベル」を定めて運用している。2020年7月13日以来長らく「レベル0.5(一部制限)」であったが、2021年1月11日から3月21日までは緊急事態宣言を受けて「レベル1(制限-小)」に引き上げられていた。4月27日以降は、緊急事態宣言を受けた対応として、レベル0.5とレベル1の間に新設された「レベル準1」となっている。

学園祭である五月祭に大きく関連するのは指針中「学生の課外活動」の項目であるが、レベル0.5およびレベル準1では「感染拡大に最大限の配慮をして、一部の課外活動を許可します。」、レベル1では「全面禁止」となっている。

五月祭常任委員会文書のポイント

はじめに、大学当局文書の分析に先立って、五月祭常任委員会側の2本の文書について重要と思われる点を確認しておく。

開催断念の経緯について

まず、開催断念の理由について5月7日文書では「大学側より開催をとりやめるよう通達があったため」としており、さらに「決定が大学側により直前かつ一方的になされた」と述べこれに「遺憾の意を表明」している。さらに5月8日文書では、「五月祭開催1週間前になって唐突に開催の取りやめを決定し、開催主体たる東大生を代表する当委員会に検討の余地を与えず、また当委員会の正式な決定を待たずに、キャンパスの施設を管理する各学部に中止を通達するというものであり、当委員会としても困惑して」いると述べており、大学当局による急遽かつ一方的な措置であった様子が窺われる。

大学側の判断の理由について

5月8日文書では、大学側の判断の理由について、通達が「「変異株が若年層を中心に広がっていること」「学内の学生の感染者数も増えてきていること」を理由」にしているとし、「準備活動や当日の活動で、学生が1か所に集まる際の感染リスクなどを懸念してのことだと思われ」ると分析している。

今回の事態に至るまでの経緯について

5月7日文書では、「当委員会としても慎重に検討を重ね、大学側からも承諾を得たうえで5月開催を目指して」いた旨記されており、五月祭常任委員会が4月28日のツイートで「東京大学の活動制限指針を受けて、第94回五月祭は予定通り5月15日(土)・16日(日)にオンライン開催いたします。」と述べていることからも窺われるように(この時点では緊急事態宣言は5月11日までであったが、延長の可能性は当然想定される状況であった)、緊急事態宣言下の活動制限においても五月祭の開催は可能という判断が(少なくとも五月祭常任委員会内部では)一度はなされていたものと推測される。

5月8日文書ではこのことについてより詳細に述べられており、次のような次第である:

4月下旬の緊急事態宣言発出の際には、緊急事態宣言の発出に伴って学内の活動制限レベルがレベル1(課外活動の全面禁止)になることが予想されたため、出展団体の五月祭に向けた準備ができなくなること、緊急事態宣言が延長された場合には五月祭の日程と緊急事態宣言の発出期間が重なってしまう可能性があることを考慮し、当委員会から大学へ、5月開催の取りやめおよび延期の意向を伝えました。しかし大学との調整を行うなかで、学内の活動制限レベルが準1となり課外活動ができる見込みとなったこと、学内の管轄会議において五月祭の5月開催取りやめや延期を求められなかったこと、5月開催を取りやめた場合に延期日程では同規模の開催ができない懸念があることなどを総合的に勘案し、大学側からの提案および当委員会内での検討を経て、予定通り5月に開催する方向で進めることとなりました。

以上から、五月祭常任委員会が緊急事態宣言下の活動制限においても五月祭の開催は可能という判断をしていたということが明確に読み取れる。一方、大学側が緊急事態宣言下において五月祭の開催を確約していたとは読み取れない書きぶりで、あくまで「大学との調整を行うなかで」「大学側からの提案」といった文言となっており、大学側が容認する姿勢を見せつつも一部で判断を曖昧にしていた様子であると推測するのが正しいように思われる。この文書は五月祭常任委員会側の文書であるから、五月祭常任委員会がそのような認識であるということも注目に値するもので、明確な合意を得られないまま進めていたところ梯子を外されたという構図も浮かんでくるが、この文書だけからでははっきりしない。

大学側文書の検討

続いて、本丸である大学側文書について検討する。文書の構成はやや明確ではないところがあるのだが、ともかくいくつかの要素について分解して検討を行う。

大学側の検討の時期について

今回の開催「見送り」判断にかかる検討を行った時期は、第2段落に「これ〔緊急事態宣言延長・活動制限レベル「準1」継続〕に伴い、緊急事態宣言期間中に実施される予定となった五月祭を開催することが妥当か、執行部で検討を行いました」とあることから、あくまで5月7日の緊急事態宣言延長を受けたものであると理解できる。

当然、それ以前における検討もなされていたものと考えられるが、ここでは5月7日の緊急事態宣言延長を受けて行われたものに(あえて、というべきか)絞って述べられている、とみることもできる。

「実行プランおよび対策」について

第2段落に「これ〔執行部での検討〕に先立って学生支援課から五月祭常任委員会に対し、実行プランおよび対策をレベル準1でも許容される企画内容に見直すことを依頼し、提出されたプランを元に審議を行っております。」とある。この「実行プランおよび対策」の内容は明らかではないが、第3段落で個別の企画内容に言及していることから、五月祭常任委員会が各企画の企画内容を取りまとめたものが含まれていると想像される。

これらの「依頼」および「提出」が行われた時期は明らかではないが、「先立って」とあることや、「依頼」内容が検討に一定の時間を要する(と考えるべき)ものであることから、5月7日の緊急事態宣言延長より前である可能性が高いように思われる。上で述べた、五月祭常任委員会がレベル準1下での五月祭開催について一定の見通しを得ていたという事実とも符合する。

判断の根拠について

第3段落および第4段落の議論を整理すると、おおむね次のようになると思われる。

考え得る論点(の一部)

開催「見送り」の判断そのものと判断の経緯の分離について

現下の状況を踏まえ、第94回五月祭の開催が可能であるかどうかに関する判断としては、大学側文書で提示された内容は一定の理由を示していると評価することができよう。その是非に関してもさまざま意見はあろうが、しかし、仮に五月祭の開催「見送り」が受忍すべき判断であるという立場に立つとしても、なおこの判断が行われるまでの経緯には問題があるとする立場は可能であろう。本件に関する議論を行うには、まずこの点を分離して考えることが必要であるように思われる。

活動制限レベルと開催「見送り」判断の関係

第2段落では、大学当局(学生支援課)が五月祭常任委員会に対し「実行プランおよび対策をレベル準1でも許容される企画内容に見直すことを依頼」したと述べられているが、ここでは当然「レベル準1でも許容される企画内容」がどのようなものかについて一定の情報が提示されたものであろう(そうでないとすれば具体的なラインを示さずに修正を求める理不尽な要求ということになってしまう)。上記で述べたようにこの依頼が5月7日より前に行われた可能性が高く、また、五月祭常任委員会がレベル準1下での五月祭開催について一定の見通しを得ていたという事実と考え合わせれば、4月28日までに(大学側文書中にある「依頼」および「提出」そのものかどうかはともかく)何らかのやり取りにより大学当局側が五月祭常任委員会の提示した計画によりレベル準1下の五月祭開催が可能であるという示唆を与えていた(少なくとも五月祭常任委員会がそのように判断するに十分な情報を提示していた)ことが推測される。

そうすると、今回の開催「見送り」判断は、活動制限レベル「準1」における基準とは別の判断により行われたと解釈せざるを得ない。実際、今回の大学側文書には、五月祭常任委員会が活動制限レベル準1では認められない計画を提示していると読み取れる箇所は存在しない。そうでありながら、この文書はさも活動制限レベル「準1」に伴う判断であるかのように仄めかしており、これが果たして誠実な態度であるかは疑問の残るところである。

さらに言えば、レベル「準1」下で本来は認められるはずであった活動が認められないというのであれば、他の活動との整合性も問題となりうる。具体的には、文書中では「運動部の他大学との定期戦など中止が困難な課外活動が認められている」と記されているが、こうした活動に伴って生じるリスクが「たとえばレンタルスペースに10名以上集まって企画を実施・配信する」といった活動よりも本当に低いのか検討が必要になるはずである。今回の事態は、新型コロナウイルス感染症対応の基盤となる「活動制限レベル」の枠組みすらも危うくするものであるように思われる。

直前での判断に関する問題

これまでも数度に亘って述べてきたとおり、五月祭常任委員会は、大学当局側とのやり取りも踏まえ、緊急事態宣言・レベル準1下での五月祭開催について一定の見通しを得ていたと推測される。すなわち、大学側は中途で五月祭開催に対する姿勢を容認から「見送り」へと転換したということになる。昨今の流動的な状況からすれば、一度行った判断を覆すことそのものを不合理と評することはできないとはいえ、このようなイベントの直前での開催「見送り」は関係者に無用な負担を強いるものであるから、開催1週間前という直前での方針転換が批判に晒されることは当然のことであろう。

既に明らかにしたように、今回の「見送り」判断は、形式的には緊急事態宣言延長・レベル「準1」継続を受けてのものとなっているが、実際に文書で示されている理由は変異株のリスクや昨今の感染状況、それに社会との関係を踏まえた個別的な判断である。そうすると、今回の判断は必ずしも5月7日の緊急事態宣言延長に際して行う必然性のあったものではなく、場合によってはもっと早期に行い得た可能性も否定できないところである。仮に判断そのものがこのタイミングになったことがやむを得ないものであったとしても(実際のところは緊急事態宣言延長が「最後の一押し」になった形だろうか)、五月祭常任委員会が「唐突に」と述べていることから、そうした要素に基づいて判断を行う結果開催できない可能性が十分に提示・共有されていなかったことは明らかであり、(大学側としても急速な状況の変化であったということなのかもしれないが)4月23日の緊急事態宣言発出から現在に至るまでのプロセスに問題があったということは否定できないように思われる。

結語

以上の次第で、現状、大学側は本件に関する充分な説明を行っているとは言い難い状況にある。4月1日に就任した藤井輝夫総長は折に触れて「対話」の重要性を説いているが、ならばこそ、まずは新型コロナウイルス感染症に関する対応について学生を含む構成員と幅広い対話を真摯に行うことを求めるものである。


  1. 1. https://twitter.com/gogatsusai/status/1390591329709608963
  2. 2. https://twitter.com/gogatsusai/status/1390974360479956995
  3. 3. https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/students/events/h10_01.html